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名古屋高等裁判所 昭和60年(う)125号 判決 1985年10月09日

本店所在地

名古屋市北区中丸町三丁目一五番地の一

中西電機工業株式会社

右代表者代表取締役

中西政男

本籍

東京都台東区東上野三丁目六一番地

住所

名古屋市北区中丸町三丁目一〇番地の一

会社役員

中西政男

昭和一三年二月六日生

右の両名に対する各法人税法違反被告事件について、名古屋地方裁判所が昭和六〇年三月一一日言い渡した判決に対し、被告人両名の原審弁護人から各控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官平田定男出席のうえ審理をして、次のとおり判決する。

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人竹下重人、同長谷川弘、同早川忠宏が共同で作成した控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官平田定男が作成した答弁書に、それぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。

各控訴趣意第一点について

所論は、被告人中西電機工業株式会社(以下「被告会社」という。)の昭和五五年一一月二一日から昭和五六年一一月二〇日までの事業年度(以下「五六年度」という。)における実際の所得金額は一九二、四四七、三九一円(これに対する法人税額は七六、八六〇、二〇〇円)であり昭和五六年一一月二一日から昭和五七年一一月二〇日までの事業年度(以下「五七年度」という。)における実際の所得金額は一九二、一二八、二四三円(これに対する法人税額は七七、二四三、八〇〇円)であるのに、原判決は、被告会社の五六年度における実際の所得金額が二三六、〇五六、八三三円(これに対する法人税額は九五、一七二、九〇〇円)であり五七年度における実際の所得金額が二四〇、五三一、七七二円(これに対する法人税額は九七、五七〇、六〇〇円)である旨認定判示しているから、この点において原判決には事実の誤認があるし(原判決がかかる誤認をするに至ったのは、右各年度において提出された被告会社の法人税確定申告書に記載されている棚卸資産の金額が実際のそれと一致しているにもかかわらず、この点について原判決は「棚卸資産の除外などの方法により所得の一部を秘匿」するため五六年度の棚卸資産にあってはそのうち五二、九七七、九七二円につき、五七年度の棚卸資産にあってはそのうち五四、〇五五、四四九円につき右申告書に記載しなかった(圧縮除外した)と判断したためであると思われる。)、仮に、右各申告書に記載されている棚卸資産の金額が実際のそれよりも少額であったとしても、この点について被告人中西政男(以下「被告中西」という。)に脱税の故意がなかったのであり、したがって、被告中西に如上の故意がある旨認定判示している点において原判決には事実の誤認があるというのである。

所論にかんがみ、まず原判決と一件記録とに基づいて検討してみるに、被告会社の実際の所得金額について原判決は単に各事業年度における総額を(そしてこれのみを)認定判示しているだけでその内訳については何ら触れていないのみならず、被告会社から提出された法人税確定申告書に記載されている所得金額についても原判決は単に各事業年度における総額を(そしてこれのみを)認定判示しているに過ぎないし、更に本件起訴状並びに検察官の冒頭陳述及び論告においても、各所得金額の内訳算定根拠を明示していない点は原判決におけるそれと同じであり、以上のことがらにかんがみると原審訴訟手続や原判決には訴因不明示ないし理由不備の違法がないとはいい切れないと考えうる余地があるかも知れない。しかし、一件記録によると被告人両名やその弁護人が原審訴訟手続において一貫して(すなわち被告事件に対する陳述に始まって弁護人の冒頭陳述を経て最終弁論に至るまでの間、ずっと)、前記各控訴趣意中事実誤認の主張と同一の趣旨の主張をしていたことと原審において右主張の当否をめぐって活発な立証活動が行われたこととが明らかであり、これに原判決挙示の関係各証拠並びに当審における検察官の釈明を加えて考察すると、原判決は被告会社の棚卸資産(その実際の額及び前掲各申告書記載金額)について各控訴趣意で主張しているとおりの判断をしていると理解することが辛うじて可能であるから、以下右判断の当否(すなわち各控訴趣意主張のような事実誤認の有無)について判断を進めることとする。

所論にかんがみ、記録を調査して検討するに、原審で取り調べられた関係各証拠によれば、所論の点を含め原判示の各事実を認めるに十分である。

所論にかんがみ、補足すると、右各証拠に関係各法規を加えると、被告会社における期末棚卸資産の評価方法などは以下1から5までのとおりであったと認められる。

1  被告会社の場合、期末棚卸資産の評価は法人税法二九条、同法施行令二八条一項一号トの最終仕入原価法に基づいて行われ、同資産の一部が陳腐化した場合には同法三三条二項、同法施行令六八条一号ロによって評価換えを行うことが認められているところ、被告中西は、毎年棚卸実施直前に、被告会社経理課長榊原岑夫(以下「榊原」という。)に命じて、被告会社の各事業所の棚卸作業担当責任者に、「棚卸のお願い」と題する書面(以下「要領文書」という。)を送付して後記するとおり棚卸作業上の注意事項を周知徹底させるなどして右各法条に従った正規の処理をしていなかったこと

2  要領文書では、のちに棚卸資産評価の操作のため棚卸表の一部を抜き取る場合が生ずることを予想し、そのときの便宜のため、棚卸表のページにナンバー(通し番号)をつけるのを禁ずる旨の指示文言が記載されていた。また要領文書には単価についてのお願いとして、管理価格一円(価格が古くて不明分を含む。)と記載されていたところ、これは在庫品のうち、不良品、売残り品、返品のきかない品(以上「デツドストツク」と呼ばれていた。)について一円の値をつけることを指示するものであったこと、このほか要領文書に、この用紙(要領文書を指す)は棚卸終了後処分して下さいと記載して、被告会社の棚卸の実情が外部に漏れるのを防ぐようにしていたこと

3  被告会社は、棚卸の実施方法として各事業所ごとに作業員が品名、数量を現物に当たりながら確認したメーカーから配布されている価格表による最近の価格を記入して棚卸表を作成するのが通常であるが、価値不明商品や売残り品などはすべて「デツドストツク」とするなど要領文書所定の右指示を守って実施されていたこと、そして棚卸作業担当者が商品知識の不足から一円に評価すべきか判断に迷う場合はその都度上司の指示を仰ぎ、その結果を棚卸表に記載し、各事業所の責任者が棚卸表を榊原に送付したこと、榊原は各事業所から棚卸表の送付を受けると、これを一括して被告中西に渡し、同被告人において、それを逐一点検し、各商品の評価の適切でないものはこれを修正した上、これを榊原に返したこと。

4  更に、被告中西は、決算を組むに際し、右棚卸合計金額の三〇ないし四〇パーセントに相当する具体的金額を一、〇〇〇万円単位で(例えば「一五、〇〇〇万円にしてくれ。」というように)榊原に指示してその金額に圧縮するようにし、榊原において、右指示に従って右金額を各事業所に前年度の申告数字を見て伸び率があまり不揃いにならないように適当に割り振り、この配分した案を被告中西に示してその了承を得たのち、その金額に従って前記棚卸表の何ページかを全部抜き取って削除したり、棚卸商品の数量を削減したり、棚卸商品の価値を低額に変えたりするなどの方法によって、決算用の棚卸表を作成したこと。

5  被告会社は、期末棚卸資産につき以上のような方法によって作成した決算用の棚卸表に基づき原判示の各法人税確定申告をしたこと。

以上の認定事実に前記各証拠を加えて考察するに、各事業年度における期首及び期末の実際の棚卸額と申告された棚卸額とを対比すると、被告会社の五六年度における棚卸資産の圧縮額は五二、九七七、九七二円であり、また五七年度における棚卸資産の圧縮額は五四、〇五五、四四九円である(以上の計算関係については大蔵事務官作成の昭和五九年三月一三日付「脱税額計算書説明資料」など参照。)ところ、以上のような棚卸金額の圧縮(除外)は、被告会社の利益が増加したことに伴い、被告中西の自認する架空仕入の計上などと同様、同被告人において税金をほ脱するため恣意的方法により決算用棚卸表を作成するなどして、これにより前記のような棚卸金額の圧縮(除外)をしたものと推認される。原審で取り調べられた関係各証拠中、所論に沿い以上の認定に抵触する部分は措信できず、当審における事実の取調べの結果によってもこの認定は左右されない。

所論は、被告中西には棚卸資産部分につき法人税ほ脱の故意がないというけれども、前認定の1から5までの各状況に徴すれば、同被告人は、棚卸表にあらわれた金額、これから圧縮(除外)した金額及びこの点に関する申告金額の概略などを大筋においては十分認識していたものと推認することができ、同被告人においてほ脱の故意に欠けるところはないというべきであって、原審で取り調べられた関係各証拠中右認定に反する部分は信用できず、当審における事実の取調べの結果によっても右認定は左右されない。

以上の次第で、所論はいずれも採用することができず、原判決に所論主張のような事実誤認のかどはない。論旨は理由がない。

各控訴趣意第二点(量刑不当の主張)について

所論は、要するに、被告人両名に対する原判決の量刑がいずれも重過ぎて不当であるというのである。

所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実の取調べの結果をも参酌して検討するに、諸般の情状、特に本件各犯行によるほ脱金額は、原判示のとおり二事業年度にわたり、その合計は七三二三万円余という高額に達しており、そのほ脱率(法人税額に対するほ脱額の割合)も五六年度は三九パーセントを超え、また、五七年度は約三六パーセントを超えるという高率であること、右各犯行の態様も棚卸資産除外とか架空仕入計上等という手段方法によるものであったことを考慮すると、被告人両名の刑責は重いといわなければならない。それ故、本件各犯行の動機中には、被告会社が昭和五五年から昭和五六年にかけて利益が倍増し、余裕ができたのを機会に将来の不況や不良債権の発生等に備えて手持資金をふやそうという趣旨も含まれていたこと、被告会社の五六年度と五七年度との法人税ほ脱分のうち棚卸資産除外による脱税分を除く部分については翌事業年度において反対取引の伝票を起こすなどして復元していること、被告会社は本件二事業年度分を含む査察調査にかかる三事業年度分の国税、地方税の本税を完納していることなど肯認しうる酌むべき諸事情を十分斟酌しても、被告会社を罰金二、〇〇〇万円に、被告中西を徴役一年、三年間執行猶予に処した原判決の量刑はいずれもやむをえないものであって重過ぎて不当であるとはいえない。論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件各控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山本卓 裁判官 杉山修 裁判官 鈴木之夫)

昭和六〇年(う)第一二五号

法人税法違反被告事件

被告人 中西電機工業株式会社

同 中西政男

昭和六〇年五月三〇日

弁護人 竹下重人

同 長谷川弘

同 早川忠宏

名古屋高等裁判所

刑事第一部 御中

右被告人らに対する頭書被告事件につき、弁護人らの控訴の趣意は左のとおりである。

控訴趣意書

第一点 原判決には、明らかに判決に影響を及ぼす事実の誤認が存するのでその破棄を求める。

一、原判決の罪となるべき事実の第一の被告人会社の昭和五五年一一月二一日から同五六年一一月二〇日までの事業年度(以下単に昭和五六年度という)における実際所得金額の認定は被告人会社の

申告所得金額 一億四、六七八万一、七四五円

<1> 棚卸金額洩れ 五、二九七万七、九七二円

<2> 仕入金額水増 四、七三〇万一、三五六円

を加算し

<3> 価格変動準備金繰入否認 二〇万〇、〇〇〇円

<4> 未納事業税 一、〇八〇万四、二四〇円

を減算して

合計所得金額 二億三、六〇五万六、八三三円

とし、これに対する

法人税額を 九、五一七万二、九〇〇円

であるとし、同じく罪となるべき事実第二の被告人会社の昭和五六年一一月二一日から同五七年一一月二〇日までの事実年度(以下単に昭和五七年度という)における実際所得金額の認定は被告人会社の

申告所得金額 一億五、五四一万三、五五九円

<1> 棚卸金額洩れ 五、四〇五万五、四四九円

<2> 売上計上洩れ 四、九〇五万五、六三〇円

<3> 仕入金額水増 四、二八二万七、五〇〇円

<4> 減価償却否認 九六万六、〇〇〇円

を加算し

<5> 前期仕入水増分 四、七三〇万一、三五六円

<6> 未納事業税 一、四四八万五、〇一〇円

を減算して

合計所得金額 二億四、〇五三万一、七七二円

とし、これに対する

法人税額が 九、七五七万〇、六〇〇円

であるとし被告人会社の各年度の法人税の脱税額を認定した。

二、被告人らは、被告人会社の申告所得金額および前項の加算、減算項目のうち棚卸金額洩れのあったことを争うだけでその余の点については事実を認めている。各年度における加算・減算の項目・金額に差異があれば当然にその年度の未納事業税の金額に変化が生じることとなる。

被告人らの自認するところによれば昭和五六年度は、

申告所得金額 一億四、六七八万一、七四五円

<2> 仕入代額水増分 四、七三〇万一、三五六円

を加算し

<3> 価格変動準備金繰入否認 二〇万〇、〇〇〇円

<4> 未納事業税の修正金額 一四三万五、七一〇円

を減算した

合計所得金額 一億九、二四四万七、三九一円

でありこれに対する

法人税額は 七、六八六万〇、二〇〇円

であり

昭和五七年度は

申告所得金額 一億五、五四一万三、五五九円

<2> 売上計上洩れ 四、九〇五万五、六三〇円

<3> 仕入金額水増 四、二八二万七、五〇〇円

<4> 減価償却否認 九六万六、〇〇〇円

を加算し

<5> 前期仕入水増分 四、七三〇万一、三五六円

<6> 未納事業税修正額 八八三万三、〇九〇円

を減算した

合計所得金額 一億九、二一二万八、二四三円

法人税額は 七、七二四万三、八〇〇円

である。

三、被告人会社の前記二事業年度の所得金額の計算において棚卸金額の計上洩れがあるとした原判決の認定は後記のとおり事実を誤認したものがあり、被告人会社は前項ニ記載の所得金額および法人税額を超える部分の金額すなわち

昭和五六年度は

所得金額 四、三六〇万九、四四二円

法人税額 一、八三一万二、七〇〇円

昭和五七年度は

所得金額 四、八四〇万三、五二九円

法人税額 二、〇三二万六、八〇〇円

の部分について無罪である。

なお、原審における被告人および弁護人の冒頭陳述における被告人らの自認する所得金額および法人税額の計算には若干の誤りがあったので右のとおり訂正する。

四、被告人会社は本件公訴に係る事業年度においては、在庫品を存置する場所として、本部購買センターの外三個所にシヨールームを有しており取扱商品の種類は数万点に及んでいた。しかも、被告人会社の業績は急激に増大していたので従業員の大部分の者は在庫商品の品質、形状の変化等について詳しい知識をもっていなかったので決算期において短期間内に実地の棚卸を実施するためには、品名数量を確認し、それにメーカーから配布されている価格表によって最近の価格によって金額を記入し、棚卸集計表を作るというのを原則的な方法とするほかはなかった。もっとも極めて少数の職員の中には在庫品の形状等の流行遅れや品質の悪化によって販売不適格となったものを識別する能力を備えた者もいたので、これらの職員に対してはその判断において販売不適格品と認めたものについては、被告人会社の俗用語である管理価格(一個当り一円)を付するよう指示をし、その指示に従って棚卸と集計がされたものがないわけではなかったがそれは極めて限られたものであった。

五、しかしながら被告人会社の取扱う電子部品は、そのモデルチエンジの速度が速く、また白金や銀を使用した商品については、銹や品質の変化による機能低下が著しいものが多いので在庫品中陳腐化による価額の低落したものが多いことはこの種商品を二〇年来取扱ってきた被告人中西政男(以下被告人中西という)の経験によれば明らかな事実であった。

そこで被告人中西は、各事業年度の中間にも実地棚卸をやってみてその形式的な集計金額と、在庫品の実態やその後の売行き等とを綜合勘案してみると、実際に販売可能な在庫品は前述のような形式的な棚卸集計金額の四〇%程度に過ぎないものと認識していた。

ただ被告人会社がかつて取扱った型式の部品はそれらが装着される電気機械本体がユーザーの許で使用されているかぎり補完また取替のための部品としての需要がたまには生じることがあり、その稀有な注文にも即時に応じられるということが被告人会社の企業信用を保つ所似でもあるのでこれらの陳腐化した在庫品であってもむやみに廃棄することもできず抱え込んでいるのである。

六、しかし、前述の方法による形式的な棚卸の集計額が正当な棚卸金額を示すものではないと考えていた被告人中西は各決算期において決算に計上する棚卸金額を集計表の記載額のおおむね四〇%程度になるよう購買センターおよび各シヨウルームの在庫数量、金額を訂正するよう経理課の担当者に指示をして決算をした。

七、被告人会社は、昭和五八年度の決算期には、法人税法三三条二項、同法施行令六八条および法人税法基本通達九-一-一の規定するところに従って正式な手続により棚卸資産の評価(陳腐化資産の評価替の手法を含む評価)をしたところ

棚卸金額 二億〇、八四五万九、一二七円

でありこれを右年度の

売上金額 三四億六、五九三万六、三四二円

に対比すると約六・〇一%であった。

昭和五六年度の被告人会社の決算上の

棚卸金額 一億一、〇四一万二、七三五円

であり同年度の決算上の

売上金額 二八億二、八八〇万六、九四八円

に対比すると約三・九〇%であり

昭和五七年度の被告人会社の決算上の

棚卸金額 一億三、八九三万三、〇三六円

であり同年度の決算上の

売上金額 三一億八、九七五万〇、七九四円

と対比すれば約四・三五%である。

検察官が主張し、したがって原判決の所得金額認定の基礎となったところによれば

昭和五六年度においては

棚卸金額 三億三、七四八万三、二四六円

売上金額 二八億二、八八〇万六、九四八円

であるから、在庫比率は一一・九%となり

昭和五七年度においては

棚卸金額 四億二、〇〇五万七、九九六円

売上金額 三二億三、八八〇万六、四二四円

であるから在庫比率は一二・九%となる。

以上の対比によっても被告人会社の棚卸の方法は必ずしも的確なものということはできないとしても、結果において、実際の棚卸金額に近似したものであり、被告人会社の形式的な棚卸集計表による検察官の主張が不適切な過大棚卸金額の主張であったことが明らかである。

したがって、被告人会社には棚卸金額の過少計上による脱税の事実はない。

八、被告人中西には、棚卸資産の部分について脱税の故意はない。

仮りに棚卸資産の額について、上述の主張が認められないとしても被告人中西にはその点について脱税の故意は全く存しない。

被告人会社の取扱う電機電子部品は、金銀等の材料の品質低下による物理的陳腐化はむろんのこと極めて技術革新のめざましい業界の製品であるためその経済的陳腐化の速度著しく速いことは業界人にとって普遍的な常識である。

被告人中西は、被告人会社の在庫品の多くが右のような陳腐化したものであるため、期末に在庫商品全体を決算時現在の客観的商品価値(時価)として把握する手段として長年の経験と当該年度における商品の流れの傾向等に照らして在庫商品の形式的算術的合計額のうち、適正な価額の占める割合は、おおむね四〇%程度であるという認識に基いて、各店舗ごとの棚卸商品在高を決定した。

右の棚卸商品の評価方法は税法令または国税庁長官の示達する方法に準拠してはいなかったがそれはあくまで適正な時価評価をするために簡便な方法によって評価換をしたのであって不当に法人税を免れるためすなわち脱税の目的をもってなされたものではない。

査察調査の段階での被告人中西あるいは榊原経理課長の供述の中に「会社の利益が大きくなりすぎて法人税の負担が重くなるので種々の操作をした」という趣旨のものが散見されるのは仕入金額の架空計上、売上金額の過早貸倒れ等の捜査開始の当初から被告人らが自認していた行為についてであって棚卸金額の決定についてではない。

九、被告人会社において執られた棚卸商品の評価減の方法が税法令の許容するものではなかったために、その評価減にかかる金額が課税所得金額の計算上損金の額に算入されないことがあるとしてもそのことをもって直ちにその点について被告人中西に脱税の故意があるものとすることはできない。

「税法は難解であり、また、会計原則ないし日常の経理慣行と税法上の所得計算方法とが必ずしも一致しないため、税法の誤解により、納税義務がないもののように誤解を生ずる場合がしばしばである。たとえば税法上益金であるものを益金でないと誤解したり、損金でないものを損金であると誤解するといった場合である(中略)行為者が多数の取引によって生ずる収益(収入)や損金(支出)をすべていちいち正確に把握していることは、実際上、不可能であるから所得算定について必要な各勘定科目についていちいち個別的な犯意を論ずる必要はない。しかし……逋脱罪の故意が成立するためには納税義務の存在することが前提となるから、行為者が個別的取引にもとづく所得の存在について認識を欠けばその部分については逋脱所得の算定にあたり、これを除外して計算すべきであるからその意味で個々の勘定科目についての認識の検討は全く不要なわけではない(板倉宏租税刑事法の今日的課題二八頁)とされているところは会社の内部取引である本件の棚卸についても妥当するところであり被告人中西の故意は認定されるべきではない。

第二、原判決の量刑は不当に重いものである。

一、本件犯行の動機は棚卸資産の額の点を除いてみれば、課税所得を減少させるために架空仕入、売上の過早貸倒計上等の不正な行為をしたがそれらは翌事業年度において反対取引の伝票を起して復元しておりいわば単純な課税所得の繰延べであって、それにより会社資産の隠匿とか役員の私的利益の造成とかがされたわけではない。

二、弁護人の見解によれば本件において棚卸資産の過少計上による脱税の事実はない、被告人らの自認するところによれば課税所得申告率(逆にみれば脱税率)は、昭和五六年度において八〇・三%(一九・七%)、昭和五七年度において八三・四%(一六・六%)である。

仮りに原判決認定のとおり脱税の事実が認定されるべきであるとしてもその課税所得申告率(逆にみれば脱税率)は、昭和五六年度において六二・三%(三七・七%)、昭和五七年度において六四・七%(三五・三%)であって甚しく悪質ということはできない。

三、被告人会社は公訴に係る二事業年度分を含む査察調査にかかる三事業年度分の国税・地方税の本税を完納している。なお加算税の一部および延滞税の一部については担保を提供して納税の猶了をうけており、重加算税についての不服申立が解決次第納付することを準備している。

四、以上の情状に照らせば認定脱税額七、三二三万一、一〇〇円につき被告人会社に対し罰金二、〇〇〇万円(二七・三%)、被告人中西に対し徴役一年(執行猶了三年)の刑を科した原判決の量刑は重きに過ぎるものといわなければならない。

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